みどりばこの日記

自然、文化、留学

NYでのある夜

今月の上旬、日本人が運営するある団体の総会に誘ってもらい出席した。

プログラムには6pm-9pmと書かれていた。
参加者に知り合いはおらず、5:55pm頃会場となるホテルに行った。受付で「服装間違えた」と思った。どのような洋服で参加すべきか迷った結果、スーツなら間違いはないだろうと思いオーソドックスな服装で行ったが、周りを見渡すと女性は皆ロングドレス。アクセサリーもゴージャス。男性はタキシードを纏っている。

よくみてみるとプログラムに”Black Tie Optional”と書かれている。来場前はその意味がわからず、検索もせず放置していた。あとで知ったが、Black Tie Optional とは Men wear black tie or similar if desired. Women wear evening long dresses. ということだった。黒ネクタイをするほどではないけれども、それと同等くらいの服装で来てね、という意味なのだ。結婚式以上にみんなドレスアップしている。

完全に場違い。。。

 

受付を済ますと、大きなガーデンに面した立ち飲み食いするハイテーブルが並ぶ会場に案内された。日本人の参加者の方々がグループに分かれて団欒している。ただいくら探しても知っている顔はない。まずはトイレでゆっくりし、せめてでも顔はパーティーしようにしようと思い整え、また会場に戻る。一周してみるがそれでも知っている顔はなく、100人ほどの中で一人で取り残される。外の高級ソファーでしばらく座っていたが、一向にディナー会場には案内されない。6:00pmからと書いてあるのに立ち団欒は辛いよ。

時間がどんどん過ぎていくがどうして良いかわからない。もう一度、用もないのにトイレに行ってみた。トイレにいる人に思い切って話しかけてみようと考え、化粧部屋の前で10分ほど時間を潰したが、いらっしゃったのは総会の会長さんのみで話しかけられなかった。

折角ニューヨークで知り合いを増やす目的で参加を決心した会、勇気を出して誰かに話しかけてみよう、と思い会場をもう一周。だが、皆お仲間がいらっしゃり一人や二人でいる方はいらっしゃらなかった。次に、作戦を変更し、バーでジントニックをゲット。乾杯すればお話しができるかもと思い、ジントニックをいただいたのち目の前にいた方々に話しかけてみた。

最初はは?誰?という顔をされたが、様々な質問をしていくうちに徐々に話ができるようになった。すると一人、自分の大先輩が出現。すぐに私の方に来てくださり、周りの方を紹介して下さった。ちょっと輪を広げてお話しすることができた。そうこうしている間に7:00pm頃にディナーの会場に通された。日本にいた頃だったらもしかしたらずっと外のソファに座っていたかもしれない。チャンスを逃すまいと頑張った結果、一つ壁を乗り越えた1時間だった。

 

ディナーでは、大変ありがたいことに席が決まっていた。
隣に座って下さった女性の方とお話しを始めると、とても興味深い話をたくさんして下さった。その方は34歳くらいで一人で留学されたのだと。アメリカにきてからは新しい気づきばかりであり、どんどん考える力が鍛えられると仰られていた。私自身が悩んでいることや、考えていることも、全て受け止めてくださり、それに対してアドバイスをくださる素敵なお姉さんで、様々なお話しをさせていただいた。会って数十分で、ニューヨークで自分のことを一番知って下さっているかもしれないと思う程、気分が晴れた。

今回の参加の理由の一つは、ある先生と会ってお話しすることだった。隣のテーブルに座っておられ、ディナーが始まってから機会をうかがっていた。会の終盤に、いまだ!と思うタイミングで話しかけた。すると、先生は快くお話ししてくださり、さらに私の繋がりを増やすために他の方々をも紹介して下さった。ニューヨークでの仕事の違和感を先生にぶつけたところ、丁寧に別の考え方や価値観も教えて下さり、衝撃を受けた。

完全に外野だったけれども、先生と隣の席の方と知り合うことができただけでも、このパーティーに来てよかった、と思えた。

 

その後、隣の席だった方(家がたまたまSt.2本違いだった)と帰宅。1130pm頃になってた。家の前で交差点で連絡先を交換してもらっていたところ、突然目の前で車が追突、さらにはタクシーも急ブレーキできず4台が歩道に突っ込んできた。幸い怪我した方も軽傷だったみたい。連絡先を交換していなかったら赤信号で横断歩道を渡って追突されていたかもしれない。怖くなって家に帰ってきた。

 

アメリカ生活、いろんなことがあるもんだ。気持ちのアップダウンが激しかった夜だった。

Diversity 多様性

渡米する時のApplicationに、ニューヨークのDiversityを体感したい、と書いた。

面接ではなぜDiversityを大切にしているのかを聞かれ、世界中の人々の様々な価値観を体感してみてみたい、幼少期に米国に住んでいたことで様々な文化、宗教、人種に触れ、視野が広がったから今度は社会人としてそれを肌で感じたい、と答えた。

 

Diversity is about recognising, respecting and valuing differences based on ethnicity, gender, age, race, religion, disability and sexual orientation. 

辞書で”Diversity”とひいたとき、意味が最もしっくりきたのがこれだ。どの話題も時に慎重に扱うべき話題ではあるが、ある程度信頼関係が生まれると自然と話の話題としても上がってくる。会話の中で一歩踏み外すと”That is politically incorrect”と非難されるのだが、丁寧に話すと非常に興味深い部分でもあり、気づきも多い。

 

Ethnicity

・名前の付け方が違う。米国では、体感半分程度の女性が結婚した際に名字を変えるが、半分は夫婦別姓を維持する。インドから来た既婚の先輩は、名字は夫のFirst nameであると教えてくれた。この先輩の民族は、結婚すると夫のFirst nameが自分の名字となり、子供には親のFirst nameを名字として与えることが一般的であり、親二人と子供の全員が異なる名字を持つこともまれではないのだとか。ドミニカ共和国では親両方の名字を子供の名字として与えるため全員名字が2つあるのだと。日本は夫婦別姓すら認められていないことを伝えると、驚いていた。

 

Gender&Sexual Orientation

・仕事開始初日、全体の自己紹介で話すこととして与えられた4つ項目のうちの1つが”Pronouns=代名詞"だった。”I go by 〇〇”というのだ。女性であれば”She/her”、男性であれば”He/him"、中性であれば”They/them"と答える。さらに、名札をもらった日にはバッチをつけるよう言われ、バッチにはそれぞれSHE、HE、THEYのいずれかが書かれていた。こうすれば相手も間違えずに濟むし、聞かなくてもよくなる。非常に効率的だと感心してしまった。

・同期40人程度のうち、3割程度が同性愛者である。その上、こちらの人は家族の話をよくする。初日から会話で女性がmy girlfriend, my wife、男性がmy boyfriend, my husbandと自然な流れで言われ、慣れていない私からすると最初は驚くこともあった。ただ、これも文化。今は、幸せそうに話す彼らの話はいつも楽しい。

 

Age

・歳を聞かれることはほとんどない。私も周りの人の歳を気にしたことはあまりない。何歳でも同じ年に入社したら同期なのだ。先輩後輩は入社順。自分のことをI am old, I am youngと言っている人は見たことがない。同じ仕事内容をできていれば、年齢なんて関係ないのだ。

 

Race

・クリスマスディナーで盛り上がっていた際、日本はKFCを食べるんでしょ!と言われた。確かに、私の家族は毎年KFCのクリスマスセットを買って食べている。当たり前すぎて違和感を抱くこともなかったが、考えてみたらアメリカではクリスマスディナーは大切でありKFCなどのファストフード店の食べ物で済ませる人は少ない。なぜ日本ではKFCをクリスマスに食べるようになったのか不思議に思った。プエルトリコドミニカ共和国では豚を丸ごと焼いて家族でそれを囲むのが一般的らしい。アメリカではクリスマスディナーはターキーかチキンをオーブンで焼くのが王道のようだ。

・ニューヨークに来て驚いたことの一つが、英語を全く話せない人が多いことだ。10年以上在住している方々でも、英語を学ばず生活できるのだと。スペイン語アメリカ人でもある程度話せる人が多く、通訳してもらえる場面も多いのは理解ができる。一方、China Townに住んでいる方々の中には中国語のみで生きている方々が多いことには驚いた。ほかの言語でも同様のことが言えた。日本人の感覚からすると外国でその国の言語を話せないのは不安要素の一つだと考えるが、彼らに聞いたところ、不安は全くなく英語は自分の生活に必要ないから学ばないのだと言われた。

 

日々驚きの連続である。

意識せずとも日々の生活の中で人と関わることで、面接で言ったことを体現できていていることを嬉しく思う。

上記以外のトピックにおいてもDiversityを感じることはたくさんある。

まだまだDiversityを肌で感じ続けたいし、興味を持ち続けたいと思う。

 

New York Pass

母がニューヨークに遊びにきてくれた。ニューヨークに引越して2ヶ月、街を案内できる程の知識は全くなかったので、一緒に街を観光した。2週間観光し、ニューヨークを堪能した。

 

観光で欠かせなかったのが ”New York Pass”。

New York市の5つの区のうち4区の主要な観光スポットが、このPassを持っているとその期間無料になるのだ。何日間か分(今回は10日間分を購入。長ければ長いほどお得!)のPassを購入し、アプリにダウンロードすれば簡単に使える。

今回は10日間で、Observatoryは4つ、Museumは5つ、バスツアー3つ、ガイド付きウォーキングツアー1つ、そのほかにも様々なイベントに参加した。

行ったスポットの一つひとつを正規の値段で足していくと、払った値段プラス$200以上になる。特に、自分たちでは見つけられなかったり、ハードルが高いと思ってしまうツアーにも気軽に参加でき、非常に有意義だった。New York Passがあったからこそ行ったマイナーな観光スポットもあり、観光ブックを遙かに超えたニューヨークの良さを知ることができた。

 

驚いたのは、それぞれのツアーの参加者が多いこと、マイナーなスポットでも観光客が多いこと。
特に、多くの観光客がニューヨークの街の歴史や観光スポットについてしっかりと学びにきている。私が昔数日ニューヨークに訪れた時にはTimes Squareと自由の女神がみれたことに満足していたことが恥ずかしいくらい、一緒にツアーに参加していた方々は積極的に質問をしていた。オーストラリア、ヨーロッパ、アジアの様々な国から観光客がきており、多くの人が街に魅了されていた。

 

また、街中では"Wow"、”Amazing"、”We have to come back to NY again soon"という声がたくさん聞こえた。数ヶ月しかいないのに既に当たり前に思ってしまっていたことも、観光客の人々と一緒になって自分も再度魅了されたことも多かった。

 

こんなにも全世界が興味を持っている街に住むことができていることに改めて感動した。

これまで苦しいことが多くてなかなか街の良さを理解する余裕がなかったけれども、観光してよかった。今後も逃げ出したくなったら、またNew York Pass買って、一観光客になってニューヨークの良さを学び直そうかな。

 

 

ボストン日帰り旅行

2週間仕事が忙しく、唯一の休日。ボストンにある人に会いにいくと決めていた。

 

5:30に目覚め、6:15に家を出て、6:40にPenn Stationに到着。Penn StationとはAmtrakやLong Trail Railroadがマンハッタンで唯一停車する駅。駅は広く、マンハッタンとは思えない綺麗さで、秩序の維持もできていて驚いた。7:00発のAmtrakに乗車。乗車のホームはギリギリまでわからず、駅構内のショップでベーグル買っていたらホーム番号がアナウンスされて、すぐ行ったのに大行列ができていて焦った。結局、指定席ではないけれども全員分の席は確保されていたから大丈夫だったし、全員乗るまで待っていてくれた。

 

乗車後ゆっくり出発し、10分-30分に1回は駅に停まる。新幹線と似たような感覚で乗車したから電車がすごくゆっくりに感じた。改札はなく、車内でチケットのQRコードをスキャンされた。車内の治安は良く、ぐっすり寝てしまい、11:21着があっという間だった。これだけ治安の悪い国で安心して電車で寝られるのには驚いた。

ボストンのSouth Stationに到着すると、ホームは外。ホームから少し歩いたところに駅があり構内はむしろPenn Stationより煩雑だった。外にでて、Lyftに乗り、指定された場所へ出発。

車から降りたらすぐに外に出てきてくれた。日本でお世話になり、学生時代を華やかにしてくれた大切な先生。1.5か月の出張でボストン・MITに来ていると聞いてすぐに連絡した。感動の再会からすぐに観光開始。観光といってもMITの一つひとつの建物を案内してくれた。特別なバッジがないと入れないところばかりで感激。

MITが終わったら、Google、Takeda、Moderna、などの本社も見学。

昼食は予約をしてくれており、中華を堪能。3品しか頼んでいないのに二人で$80もした。学生時代の話や今後の話などいろんな話をしながら、先生からもお話伺いながら。

その後は、MITのUndergraduate Schoolを見学し、Charles RiverのHarvard Bridgeを渡り(通勤路らしい。終始案内してくれた)、ボストンを橋の真ん中から360度見渡した。川の水は汚いけれども、太陽光できらきら光っていて、建物も一つひとつがユニークな形をしていて、素敵な風景だった。

 

そのあと、UberでHarvard UniversityのUndergraduate Schoolに移動し(テスラに乗れたwww取っ手なかった)、Harvard University の創設者Harvardさんの銅像を見物し、Harvard Book storeでお土産を買った。夏休み期間ということもあり、Harvard大学生というよりかは、高校生ぽい人たちが親と見学に来ているグループが多かった。観光客も多かった。




Harvard駅からはRed lineの地下鉄に乗るはずが、なんと工事中で乗れず、代わりにRed line Shuttleが無料で運行していて、South Stationまで戻れた。

17:40発のAmtrakに乗車。今は帰りの電車、また4時間半あるので微弱なWifiとともにゆったり帰ります。

 

ボストンに来てまだ2週間なのに、終始案内してくれて、貴重な休みを後輩に使ってくれて、素敵な先生だな、とあたらめて思った。私もいつか後輩にそう思ってもらえるような人になりたい。

ちょっと遠かったけれども来てよかった。人とのつながりは大切に。

渡米後1カ月

6/15に渡米して1カ月が経った。体感は、もう半年くらいいる気分。

最初はいろいろなことがうまくいかず、一つのことに対して労力・お金・時間が日本の10倍くらいかかることに腹が立っていた。日本だったら、、と考えては涙が出そうになっていた。
ただ、少しずつこの生活にも慣れてきた。むしろこのうまくいかなさを楽しめるようになってきた(たまに)。


でも、それでもまだ悲しくなることもある。

【一昨日あった出来事】

近々家族が日本から遊びに来る予定があり、近くのLocksmithで合鍵を作るために家を出た。15分で帰ってくる予定だった。

調べていった家近のLocksmith2件、1件目はホームページがあるにも関わらずお店がなくなっていた。2件目は工事中で閉店していた。さてどうする。

Home depotは必ず合鍵作成を行っていることを事前サーチで知っていたため、家から徒歩30分程度のHome depotに向かった。炎天下の中Home depotに到着。汗をぬぐいながらKey productionの列に並んだ。ようやく自分の番がきたのだが、”この鍵はうちでは扱っていないから違うところ行ってね”、と言われた。まじか、古いマンションだからかそれくらい特殊な鍵なのか、でも仕方ない。Home depotの優しそうなおばちゃんに”◎St.と〇Aveの交差点にあるLocksmithに行くとやってくれるよ"と教えてもらい、そこに向かった。
整頓されたLocksmithに着き、大量の種類の鍵が壁に掛かっているのを見て、こういうところならなんでも扱ってくれるのか、と思った。だが、店員さんに話しかけると、”うちはこれは扱わないんだよ”、と。なんで?って。マンションのオーナーには合鍵は万が一の時のために作っておくようにと言われており、Illegalでもなんでもないのに。店員さん曰く、古い鍵なのだと。これだったら”□St.と△Aveの交差点にあるLocksmithに行くとやってくれるよ"と教えてもらった。またこれか、と思いながら他に当てもなく、どんどん家から遠ざかっていく。
到着したLocksmithは、薄暗くやや不気味でスペイン語が飛び交っている。それでもお客さんは絶え間ない店だったため鍵を託してみた。結果、作ってくれた!!!Finally!!!!!
ようやく家に帰れる!と思いながら、会計をするためにカードを渡そうとしたら、Cash only!と。え、うそ、現金持っていないよう・・・。
作ってもらった合鍵がなくなりませんように、誰かに取られませんように、と祈りながらとぼとぼと店をあとにし、10分ほど歩いたところのATMでお金をおろし、また店に戻った。会計を終え、ようやく手に入れた合鍵、目的達成し喜びで満ちた。

帰宅ルートは家まで徒歩70分とGoogle mapで表示されたため、さすがに無理だ、と考え、クーラーがんがんのバスに乗って帰宅した。(交通手段はバスと電車があるが、どちらも1回$2.75であり5分-10分乗るには高すぎる値段であり、なるべく徒歩で移動している。)

結果、15分の予定が150分の旅となった。

翌日、合鍵のみを持って家を出て帰宅したところ、家のロックがあかない。鍵はささるが、どう頑張っても回らない。え、うそ、悲しすぎる。詐欺じゃん。私の150分返してよ。

今日は、もう一度合鍵作成の旅に出ようと思います。何件かよさそうなところを見つけたので、そこを周ります。

もっと下調べ、道中での判断など、より良い選択ができて苦労しない方も多いと思うが、私はこれからもこういう非効率的で悔しい経験をしながら少しずつ成長するんだろうなと思った一例だった。

こんなことが日常茶飯事。
これはこれで笑い話としていいよい。
2か月目も少しずつパワーアップしていくぞ。

アメリカ行ってみて何が面白かった?

渡米後、「アメリカどう?」と聞かれることが増えた。

最初聞かれた時、何も考えずに「面白いよー!」と答えたが、実際に面白い。

何が面白いのだろうか、言語化するのは難しいが思いついた範囲でしてみようと思う。

 

自由な街 New York

・服装

パンツ一枚で自転車に乗る人もいれば、下はストッキングのみ、の人もいる。
ブラジャーの形が外から見えていても、指摘する人もいなければ気にしている素振りをする人もいない。何を着るのも自由よ~!って自らで体現しているよね。見ていて清々しい。Tatooを思いっきり見えるところに作るのも体現の一部かな。

 

・ベーグル&コーヒー

アメリカで朝食にコーヒー飲んでベーグル食べる人は多い。
ただ日本と違うのが、それは仕事開始後でも全然OK.
日本では、朝ベーグルを食べながらカンファレンスすることはないだろう。Professorが話している目の前で立ち上がってナプキン取りにいくこともないだろう。それを全然気にしないProfessorもあっぱれだし、その行動ができる我々もすごい。と言いながら、昨日はコーヒーを床に置いていたら隣の人に蹴られて、話を聞きながらナプキン取りに行って床拭いていたんだけれどね笑 私も現地化してきたかな笑

 

・What’s App group

1年目で発言できる人は少ないよ。「週末ごはんでるの?」や「Uberはなぜこの時間しか使ってはいけないの?」と上級医に気軽に聞けることがすごい。発言が結構ギリギリを責めるようなことでも全然抵抗なく発言できるのは、自己顕示欲がないからなのかな。

 

・アクセサリー・身だしなみ

結婚指輪・婚約指輪は万国共通でつけているだろう。

ただ、明らかに外から目立つピアス、鼻ピアス、ふわふわの髪の毛、複数の指輪、など、清潔面においても身だしなみにおいても職場でつけてもいいのかと思うものがたくさん当たり前のように付けられている。そして、それに対してむしろ褒めてくれる相手がいる。医者が白衣ではなくワンピースを着ていると患者は喜ぶ。面白い。

 

・言語の多様性

人が集まる場所で耳を澄ますと、様々な言語が聞こえてくる。
英語以外に多いのはスペイン語、中国語、韓国語、ヒンディー語などなど。
面白いのは、英語も様々な英語があって、同じ言語なの?って思う程全然アクセントが違う英語が飛び交っている。日本のように90%以上の人が日本語を話す国と違い、ここは好きな人が好きな言語を話し、それが当たり前。知らない言語を話していることに違和感を感じることすらない。面白い。

 

・演奏がすごい

サブウェイに乗っていると様々な音楽に接する機会がある。
ホームや電車の中で楽器を弾いている/吹いている人がいれば、マイクで歌っている人もいる。複数人でアンサンブルしているしていることもある。これらをしている理由は、きわめて簡単でありお金目当てだ。ビデオや写真を撮影している人にはお金をたかってくる。ただ、面白いことに、、、ホームレスがほとんどのはずなのに、演奏がとても上手なのだ。ずっと聞いていたいと思うような音楽が様々な場所でたくさん演奏されている。フリーコンサートにしてはもったいない。どこでその技術を磨いたのかとても不思議。なので私はいつも少し離れたところで電車2,3本見送ってでも聞いている。いつか話しかけてみたい。

 

他にも面白いことはたくさんある。ネガテイブなことを言い出したらきりがない。

ただ、やはりこれらは現地を経験してみないとわからないことばかり。面白い。

 

Coldspring, New York

アメリカは日本と比べて祝日が少ないが、7/4はIndependence Dayであり7/2-7/4は3連休。どこかへ行きたいなーと思いリサーチした結果、Coldspringにハイキングに行くことにした。

 

ColdspringはGrand Central Station(マンハッタンのど真ん中)から特急で1時間20分程度。電車は比較的空いていて治安はとてもよかった。ハドソン川を見ながら北上し、徐々に360度緑で溢れるようになった。

 

Coldspringは小さな街で中央にあるMain Streetにレストラン、カフェ、洋服、雑貨屋さんなどが並んでいた。

 

朝ごはんは街で一番にぎわっていた”Hudson Hil’”でEgg Benedictを食べた。アメリカンな雰囲気でわいわい。行きつけの人たちにはコーヒーとオートミールが自動的に提供されていた。とってもおいしいけれども、やはりお値段は$25と朝ごはんにしては少しリッチに感じてしまう。

Hudson Hil’



 

Main Streetから目当てのハイキングコースのBull Hillまでは徒歩15分程度。

Visitor’s centerで3-5時間のコースを教えてと言ったら、4milesのshort loopと5.5milesのFull slopeを教えてもらった。時間は十分あったためFull slopeコースにした。

入る前に、くれぐれも道から外れないようにねー、と注意されたが、そりゃ当たり前だ、と軽く考えていた。

緑が多く、木々でコースは木陰になっており、気持ちよくスタート。花が咲いていたり、鳥やせみなどの声が聞こえてきてとても快適に登っていった。

入り口


ただ、途中からコースの間にも岩場だったり草がぼうぼうに生えていたり、コース中にも少し険しい部分が増えてきた。開始後1時間くらいのところで、かなり険しい道になった。
予想外だったのは、全然人がいなかったこと。20-30分に1組出会う程度だった。
その後険しい道を進んだが、途中で明らかにコースから外れていることを感じた。少し進んだら道が見えてくると思ったが明らかに道がなくなり、Google Mapをしても緑の広い面の上に青ぽちがおかれている。引き返したが全然道がわからず。30分程度(体感1時間くらい)道に迷った後、ようやくコースらしき道に出た。しかし、少しコースに沿って歩いた結果来た道ではない方向へ明らかに下山していた。思い切って、逆向きに登山してさらに30分経過したところで、ようやく看板発見!1組の登山者に出会うこともできた。

 

頂上への道はあきらめ、Full loopではなく、Short loopの道をひたすら登り続けたところ、川沿いのきれいなViewpointもみられひと安心+ひと休憩。

Short loopの頂上

あとは順調そのもの、合計5miles(short loopは4mileのはずなのに1mileくらい迷子になっていたから)の登山を終了した。天気は100点、景色は200点、気合は80点、ハラハラ度MAXの登山だった。ちなみに、リス、蛇、鳥たちに出会ったよ。

 

反省点

① やはり登山に一人で行くのは危ないのかもしれない。これまで何回か一人登山していたけれども、周りにたくさん人がいたから迷うことはなかった。一人で行ってもいいのかどうかの下調べが必要だった。

② お水も最低限、食事なし、新聞紙なしで挑んでしまった。次からは遭難しても大丈夫なように最低限のものはもっていこう。途中で本当に遭難した時のことを考えてぞっとした。

③ 道がわからなくなったら早めに気づこう。そして、自分が来た道を戻れるように目印を要所要所で覚えておこう。

 

登山終了後は、おいしいアイスクリームをMoo Moo's Creameryでぺろりと食べて、そのまま列車に揺られて帰宅。車内では爆睡していました。

米国に来て初めての日帰り旅行はちょっぴり冒険的な旅になりました!